けむり
ばんかたの空に / ぽつぽと / きえてゆく / きしやのけむり
「けむり」は、大正十三年八月八日夕に書かれた千鳥の絶筆です。
千鳥の異父妹:松岡李々子さんは、千鳥没後七十余年を経て復刻された『千鳥遺稿』の冒頭にこう書きました。なかに「彗星のように」という言葉があります。確かに、千鳥の人生は一瞬の輝きのように、眩しくはかないものでした。しかし、人生に長いや短いがあるのでしょうか。「田中千鳥は、「ゆるぎなき遊び」を持って十全に生きた」それで十分ではないか、そう思えてくるのです。千鳥の「遊び」は余技でも戯れの弛緩でもありません。「必死の真剣勝負」です。(自動車のハンドルの「遊び」のことを思い浮かべて下さい。絶妙なギリギリ具合、それが「遊び」です。)
「けむり」の四行には過不足なき凝結があります。しかも、それは固体ではなく、けむり=気体の結晶です。この絶妙・この背反があればこそ、世代を超え、世紀を超えて、それに感知し呼応する人々の手で、何度でも蘇り、読み継がれていくのです。千鳥は不死鳥=火の鳥の一人です。