Loading

千鳥の世界

変わるのはこちら

判り切った話ですが、人は誰しも時代と場所を選んで生まれてくるわけではありません。与えられた時と所をただ生きるだけです。チドリもまた同じことでした。前世紀「大正」という近代の始まりの時期、極東の島国の海沿いの村に生まれ、七年半という僅かな時間を生きただけです。忘れられても不思議のない小さな生でした。ふとしたことから幾つかの偶然が重なり、彼女が書いた詩文が伝わり、百年の時を超えて私たちの手元に残されました。それがいかなる悪戯なのか、何かの恩寵なのか、だれにも分かりません。が、チドリの言葉は確かに私たちに届き、目の前に広がっています。元よりチドリの言葉は、膨大な過去の海洋に漂う数滴の水以上のものではありません。いつ波間に沈んで見失われてもおかしくはありません。けれどもチドリの言葉は消えませんでした。打ち寄せ合う未来と過去の波打ち際に漂い続けて今に至ります。人は死んでも言葉は残ります。それが文学の力、言葉の命です。

死者は変わりません。変わるのは今という時間に縛られて生きる私たちの方です。チドリの言葉をどう受け止め感応していくかは、私たちに託されました。今を生きる私たちは、後ろを振り返るより前を見ることに熱心です。何か目新しいことはないか、これまで無かったものはないか、そんなものばかりを求めがちです。けど、ここらで少し立ち止って、後ろを振り返ってみてもいいんじゃなでしょうか。

NDU(日本ドキュメンタリストユニオン)の布川徹郎さんは「未来より現在が豊かで大事、現在よりも過去が豊かで大事」(取材現場・備忘録)という言葉を残しました。橋本治さんは「明日は昨日の風が吹く」と書きました。「死者」の言葉は時空を超えて生き続けます。

 

kobeyama田中千鳥第一使徒

投稿者プロフィール

田中千鳥第一使徒

第六官

聞く話す読む書く

関連記事

  1. 千鳥と芭蕉

    2021.03.28
  2. 7vs90 No.4 無言の感嘆詞

    2022.05.01
  3. 千鳥の空

    2021.05.09
  4. 7vs90 No.1 百年後の呼応

    2022.04.10
  5. 7vs90 No.3 目と耳 身体と精神性

    2022.04.24
  6. 失われてあるからこその永遠

    2021.06.06
PAGE TOP