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千鳥の世界

手紙(5篇)

オトウチヤンニダシタテガミ

アメアメフルナ
 ムカウノウチノ
 ヤセタアヒルガ
 ショボショボヌレル
 ヌレテヨゴレテ
 ベタベタアルク
 オトウチヤンハ、ゲンキデスカ。ワタシハヨクアソブヤウニナリマシタ。
 ガクカウデ、甲ヲ、八ツモライマシタ。オトウチヤン、ハヤクオカヘリナサイ。
 アメノ、フルノニ、ザウリヲ、ハイテ、ケフハシカラレマシタ。
  大正十二年七月一日七歳
             チドリ
  オトウチヤン

誠チヤンニダシタテガミ

ケフハ、大キナアメカゼデス。大サカノ方ハ、アタタカイデセウ 私ハガクカウデ、ユウトウノ、シヨウシヨヲ、モライマシタ、ユウトウハミンナデ十一人デ、私ハ五バンメデシタ。出タ日ヨリヤスンダ日ノ方ガタクサンデシタ。
 ソレデ、チヨツト、コエガシテモダレカノウシロスガタヲミテモ誠
チヤンデハナイカト、オモツテ、ヨビカケルガ、大サカニ、イキテシマイナサツタコトヲオモイダシテ ココロノウチガ サビシイサビシイデス。
  大正十三年三月二十五日八歳
             チドリ
  誠チヤン

「誠チヤン」は彼女のいとこにあたる少年で六歳の時から、九歳の春まで彼女と倶に宅で起居し遊んだ、
一つ違ひであつたが學校は同級に行つてゐた。此の春二學年になつた時二人は別れた。(母註)

大阪に行つてゐたおぢちやんに出した返事

おぢちやん、うすみどりのようふくが私の目に見へるやうです。
 いままでは少しわるいことをしましたが、いまからよい子にしますから、もつてかへつて下さい。
 母ちやんに、くだものをたくさんかつてきてあげて下さい。
  大正十三年七月五日八歳
             チドリ
  おぢちやん

 このてがみは、彼女の叔父―私の弟が、大阪で「よい子には洋服を買つて歸る。わるい子なら汽車の窓から捨ててかへる」と云つて來たハガキの返事である。これらのてがみは彼女の雑記帳の中から拾ひ出した。(母註)

誠ちやんに出したてがみ

誠ちやん、夏休にはあそびにきなさい。べんきようするのには、こちらがしづかでよくできます。
 誠ちやんのかほが見たいからおいでなさい。しやしんではちがひます。
 私は、學校に行くのをちつとも休まず、ことしはげんきでうれしいのです。
 誠ちやんはどんなことですか、へんじを下さい。
  大正十三年七月二十六日八歳
             チドリ
  誠ちやん

大山に繪を描きに行つてゐた叔父ちやんに出したもの

おぢちやん げんきですか。
 私はげんきで、まいにち朝はやく、お星の出たくらいうちに、おばあちやんと朝日をおがみに海にでます。お日さまが出るまで、うみの中にはいつて水をあびます。
 はじめには、なみのこないところまでも、よういきませなんだがふかいところまでもはいつてゆくやうになりました。
 すて犬もつれて、うみまでゆき、犬はかへるまでまちてゐて、かへる時にもついてかへりました。
 まつ赤な、朝日が空一めんに、こうせんをひろげ、きれいなきれいな海には、朝日がうつり、山にはかすみがかゝり、水と空がどつちがどつちだか、わからないやうになり、白濱が見江四方八方がきれいです。
 それをおぢちやんに、ゑにかいてもらつたら、どんなに、りつぱに、かけるだろうと、おもひました。      さようなら
  大正十三年八月二日八歳
          チドリ
  おぢちやん

この手紙を書く前に、祖母が「毎朝海に出ることを書いて出しなさい。」と注意しかけると、彼女は向つてゐた机の前を飛び離れて「おばあちやんが言つて仕舞ひなさるならわたしは書かない。せつかく私が考へてゐるのに‥‥」と、大層怒つて軀をゆすぶつた。祖母はあはてゝ詫びを入れたのであつた。
 そして、愉快げに手紙を書き書き、彼女は書きたいことがあんまり多くて、原稿紙一枚が足りないけれど、今日はこれで仕舞つて置かうと云つて「朝の月」をそへて出した。(母註)

お話(2篇)

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