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千鳥の世界

童謡逍遥 北原白秋

千鳥は雨が好きでした。母・古代子は『千鳥遺稿』の「編纂後記」にこう書いています。「雨の降る日が大好きで、雨の日にはころつと人間が變つて仕舞つた。居るか居ないかわからない程、ヂッとしづかにしてゐて、口も利かずに一人で何かしてゐた。彼女はかりそめにも嘘や出鱈目を云はなかつた。彼女の言葉はそのまゝ信じてよかつた。」チドリが書いた40篇の詩の中には、「雨」の出てくる詩が7編あります。これは「月」の6編を超えて最多です。その中から代表的なものを二つ 挙げてみます。

雨と木のは

こぼれるやうな / 雨がふる / 木のは と雨が / なんだかはなしを / するやうだ / 山もたんぼも雨ばかり / びつしよりぬれて / うれしさう

雨の日

のも 山も / きり雨につまれ / 山のねの / なの花畠 / 雨にぬれ / かへるは / ころころ / ないてゐる

童謡詩人北原白秋にも、「雨」「雨降り」があります。「雨」は雑誌『赤い鳥』の大正7年9月号に掲載されました。

よく見ると、初出では三行目「紅緒のお下駄も 緒が切れた」となっています。翌年、「お下駄(げた)」では言葉の響きが汚いので「木履(かつこ)」に変えたというエピソードが残っています。「木履(かつこ)」というのは、からころ、という音から派生した「下駄」の幼児語だそうです。愛らしい少女のイメージが浮かび上がる良き推敲でした。

雨がふります 雨がふる
遊びにゆきたし 傘(かさ)はなし
紅緒(べにお)の木履(かっこ)も 緒(お)が切れた

北原白秋は三大童謡詩人の中では、令和にいたる今でも一番ひろく名が知られた存在でしょう。「からたちの花」「この道」「ゆりかごのうた」「待ちぼうけ」さらに「ペチカ」や「城ケ島の雨」まで、或る年齢以上の日本人には耳に残り馴染みのある歌曲が幾つも並びます。童謡だけではありません。白秋が近代文学に遺した足跡は小さくありません。『邪宗門』をはじめとする詩集を編み、和歌を詠み、句作するにとどまらず、新民謡「ちゃっきり節」や山田耕筰と組んで市町村歌「東京都八王子市歌」社歌「日本電気社歌」「白洋舎の歌」「カルピス 初恋小唄」さらに数多くの校歌・応援歌「東京教育大学校歌」「駒澤大学校歌」「東洋英和女学院校歌」「同志社大学」「関西学院大学校歌」も手掛けました。戦時中には朝日新聞社の依頼で「萬歳ヒットラー・ユーゲント」(これは山田耕筰作曲ではなく高階哲夫)なども作りました。享年57。

左:耕筰  右:白秋

もし千鳥が長く生きて成人していたら、どんな詩を書き、どれほど活躍したことだろうか、そんな益体もないことを考えてしまいました。夭折は残念なことですが、見なくてよいものは見ず、やらなくてもよい苦労なしに逝ったのは「天の配剤」〝ゆめゆめ不足云うべからず〟ということなのかもしれません。母・古代子の「編纂後記」の末尾はこう終わっています。「取り殘された私達、チドリよ!私達こそ可哀さうではないか!明日をも知らず煩惱に煩惱を量ねて生き殘るのだ。

kobeyama田中千鳥第一使徒

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