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千鳥の世界

元谷徳太郎のこと

元谷徳太郎は、鳥取出身の写真家です。鳥取出身の写真家といえば真っ先に浮かぶのは植田正治でしょう。砂丘を舞台に撮った写真はその “前衛的な演出”で、今も若い世代に人気です。

植田正治1913~2000 元谷督太郎1918~2001 二人は ほぼ同世代親交もありました。ただ写真のスタイルは違いました。植田正治の写真が、審美・芸術に力点を置く〈表現派〉だとするなら、元谷督太郎は人間・生活・自然に目を凝らす〈記録派〉だったようです。督太郎は、山陰の浜辺の風景・酒津、船磯、夏泊、網代、田後、泊といった漁村に毎日のように通い、人々の生活を撮影しました。遺された5万カットのネガには、水揚げや漁具の手入れ、神事や漁師たちの表情がモノクロで生き生きと表現されています。

子供たちや商店街のスナップもあります。

一時期、“土門拳の後継者”とまで注目されながら、督太郎は生前 写真集を出すことも個展を開くこともなく、ひっそりとこの世を去りました。死後「海に生きる人々の時空を超えた血脈の証しのようなものを伝えたい」とご遺族が2冊の写真集を出版したことで、少しづつ知られるようになってきました。2017年10月には、『人間(ひと)を撮る~幻の写真家 督太郎のまなざし~』(NHK鳥取局制作「とっとりスペシャル」)というテレビ番組が放送されました。2018年10月には、生誕百年を記念した写真展も開かれました。写真展に寄せてこんな評論も書かれました。「この写真家は、夜空を見上げても、既成の星座に興味を持つことなどなかっただろう。‥中略‥ この人はきっと、寄せ集めの概念や評価、価値観を嫌ったはずだ。そういうものに惑わされることなく、真に価値あるもの、真に写さなければならないものを見極め、シャッターを切った。だから今、こんなにも深く僕の胸に突き刺さってくるのだ。
そう、間違いなく、督太郎氏は〈孤高の人〉だった。中央の写真雑誌に応募し続け、才を見出され、一定の評価を得たものの、一度も個展を開かず、一冊も写真集を出さなかった。なぜ氏は頑なに商業主義を排したのか。問うまでもなく、写真が全てを物語っている。写真こそ写真家の全てである。嘘かどうか、ぜひ直接確かめていただきたい。

「力」を備え「志」を持った表現物は、腐敗することなく時空を超えて露出する‥‥田中千鳥の詩文もまたそんな存在でありたい と願います。

kobeyama田中千鳥第一使徒

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