千鳥の詩はいつもイマココを描きます。しかしながら、すぐ目の前にあり、手を伸ばせば届く世界を描きながら、いくら手を伸ばしても到底届かない隔たり・距離もまた同時に感じるから、不思議です。
遠く遥かな時空に浮かんでいるような「距離感」。時間も空間も超えて、大きな広がりに入っていくよういざなわれます。
「いま・ここ」にはありながら 「かつて・そこに・あった」し「いつも・そこに・ある」 「ずっと・そこに・ありつづける」永遠・未来永劫の記憶と記録。
千鳥の詩は、いつも、あの世とこの世を自在に行き来する浮遊感をまとっています。
「自分の目に映っているものを描きながら、自分の目に映っていないものを伝える」それは、天性の感性といったことばでは語りつくせない技芸です。無防備な素直さから生まれる輝き・その眩しさは幼きもの・小さなものの特権なのでしょう。