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千鳥の世界

大正という時代④新しい女

大正時代は「新しい人」が生まれた時代でした。とりわけ男性よりも女性が‥つまりは「新しい女」の登場がエポックとなってきたことはこれまで見てきたとおりです。ということで大正時代キーワード四つ目は、新しい女。

大正時代は、家庭から社会に出て働く職業婦人が増加した時代でした。ウイキペディアで『大正』と引くと、「8.5 女性解放運動」の項に「会社の事務員・デパートの店員・バスガール・電話交換手・ウェートレス・和文や英文のタイピスト・保母・看護婦・劇場の案内人・美容師など」の例が挙げられています。

一方で、大正当時、同時代の新語句を平易簡明に解説した小山内薫編著『文芸新語辞典』(春陽堂 1918年=T7 刊行)では、「新しい女」についてこう説明しています。「女は長い間男の附属物として育てられ、その性質も男の都合のいい様に馴致せられて来たが、それが近来女も漸く自己本然の姿を顧る事を知って、男から受けた強制的なものを凡て振り捨てようと考えた。これが乃ち新しい女で、道徳上では女子の個性解放となり、政治上では参政権獲得運動となった。

さらに十年余り後の『いろは引現代語大辞典』(大文館書店 1931年=S6 刊行)では、「古来の因襲を脱して婦人の地位を時代的に、思想的に、自覚して活動する婦女子。又は新奇を追い、女としてある間敷き行為をする女。出過ぎた女。モダンガール」と書かれています。

今読むと、随分男目線な文言です。噴飯もの・可笑しくて腹立たしい限りですが、当時の世評は、「新しい女性」について、もろ手を挙げて受け入れていたわけではサラサラなく、かなり風当たり強く、苦笑や苦虫とともにあったことがよくうかがわれます。

女性たち、とりわけ「新しい女」たちにとって、必ずしも穏やかで生き易い時代ではなかった筈です。さすれば、少しの詩文を残しただけで七歳半の幼女のままにこの世を去った千鳥の一生は、ある意味「有り難い完結・生のまっとう」であったということかもしれません。

母古代子は、『千鳥遺稿』「編纂後記」の末尾近くにこう書いています。「あまりに繊細な感情をもつて居り、早くも厭世觀をもつてゐた彼女は悲劇的な或る物が素質の中に閃いてゐたので、ある年頃に至つては華やかに自殺しかねない子だと、思ふ不安に襲はれる事も度々あつたが、かほどに早く執着なく、我等の濁世を去ららうとは思ひもかけなかつた。残る者こそ嘆き悲しめ、彼女にとつては星の世界こそ、清らかな静かな、いかに心地よい安息の床であるだらう。

 

 

kobeyama田中千鳥第一使徒

投稿者プロフィール

田中千鳥第一使徒

大正という時代③社会運動

1917年生まれ

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