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千鳥の世界

千鳥づくし① 人麻呂 芭蕉 藤村

母・古代子が、どんな思いを込めて愛娘に「千鳥」という名を付けたのか、今となってはうかがう術はありません。万葉の昔から、日本人は海や湖、干潟や沢・川・河原など水辺に群れる小鳥たちの仲間を千鳥と呼び、慣れ親しんできました。詩歌にも多く詠われてきました。

『万葉集』には、千鳥を詠んだ和歌が二十首以上載っています。なかでもよく知られているのは、柿本人麻呂の和歌: 淡海の海(み) 夕波千鳥 汝(な)が鳴けば心(こころ:情)もしのに古(いにしへ)思ほゆ でしょうか。その後も、古今、新古今、西行法師、藤原定家、‥‥多くの歌人が詠んできました。

近世以降、俳句の世界でも、松尾芭蕉に 星崎の闇を見よとや啼千鳥 の一句があります。俳句の歳時記を見ると、「浜千鳥、磯千鳥、浦千鳥、島千鳥、川千鳥、群千鳥、友千鳥、遠千鳥、白千鳥、小千鳥、夕千鳥、小夜千鳥、夕波千鳥、月夜千鳥、などなど」冬の季語として沢山の子季語(拡張された季語:傍題)が載っています。俳句では冬の季語とされる「千鳥」ですが、そうとは限らずないようです。(鳥類専門家の柳澤紀夫さんによれば「『千鳥』は俳句の季語としては冬に入れられているが、日本のチドリ類の生態をみると、かならずしもあたってはいないので注意を要する。また、海岸にたくさんの鳥が集まっているようすから『千鳥』とよぶこともありうるが、この場合はチドリ類のみでなく、同様の環境でみられるシギ類をもさしていると思われる。シギ・チドリ類の群れは冬にもみられるが、春と秋の渡りの時期に大きな群れがみられる」とあります。一年を通じて身近な鳥だったようです。

近代に入ってからも、島崎藤村に、 夕波くらく啼く千鳥 / われは千鳥にあらねども / 心の羽をうちふりて / さみしきかたを飛べるかな (『若菜集』「草枕」 )というフレーズがあります。千鳥(という言葉)は、時代を超えて、三十一文字、十七文字、七五調に縁深い言葉として今に至っています。田中千鳥は、その系譜を引き継いだ一人の少女として、大正の時代を生きたのでした。

今回からしばらくは、趣向を変えて「千鳥」にまつわるエトセトラを書いていきます。(「贔屓の引き倒しだね。田中千鳥の詩文とは関係ないじゃないの。」そう言われてしまえばその通りなのですが、しばしお付き合いを)

kobeyama田中千鳥第一使徒

投稿者プロフィール

田中千鳥第一使徒

文字の「美意識」の凝りをとりはらって

千鳥づくし② 散文 三重吉 など 

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