昭和の小中学校にはどこにも「謄写版」という印刷道具がありました。
やすり版を下敷きにして、鉄筆で蝋引きの原紙をガリガリ刻みながら、文字を彫り込みます。出来上がった原紙をシルク布の枠に貼り込み、インクをつけてローラーを転がして印刷していきます。
活字とはまた趣の異なる「手書き文字」は、書き手の個性が滲み出てそれぞれの味がありました。鉄筆を刻む音から「ガリ版」と俗称されていました。原紙を作るのは「ガリ切り」と呼ばれました。
いまや、文字は書くものでも刻むものでもなくなりました。パソコンのキイボードやスマホの入力画面から打ち込む「打つもの」に変わりました。「書き文字」ならぬ「打ち文字」の時代です。文字の個性は失われました。
ガリ版の原型を開発したのは、発明王トーマス・エジソンでした。明治時代これを日本向けに研究し、完成・普及させたのは、滋賀県東近江市蒲生岡本町出身の堀井新治郎、耕造父子でした。住居跡が「ガリ版伝承館」として残っています。田中浩事務局長は、こう語っています。
「ガリ版は、幼稚園児でも扱えるほど簡単で、だれでも電気いらずで印刷ができます。教育面では、日本の識字率を高めたのはガリ版だという見解も。毛筆がまだ主流だった時代、文字の普及に大きな役割を果たしたようです。」
『千鳥遺稿』には、尋常小学校二年のときに書いた千鳥の習字が載っています。
均質化、没個性化がすすむ中、今一度「書き文字」の復活を望むのは、所詮 叶わぬ夢なのでしょうか。
日本からは姿を消した謄写版(ガリ版)ですが、アジアの山岳ゲリラの間では重宝され活躍しているという話を聞いたことがあります。電気も電波も届かない奥地でエジソン由来の利器が今も活きていることを想像するのは愉快です。善哉。