チドリは雨の好きな少女でした。母古代子は「編纂後記」にこう記しました。
「雨の降る日が大好きで、雨の日にはころつと人間が變つて仕舞つた。居るか居ないかわからない程、ヂッとしづかにしてゐて、口も利かずに一人で何かしてゐた。」
チドリが書いた40篇の中には、雨の出てくる詩が7編あります。これは月の6編を超えて最多です。
『雨と木のは』
こぼれるやうな / 雨がふる / 木の葉 と雨が / なんだかはなしを / するやうだ / 山もたんぼも雨ばかり / びつしよりぬれて / うれしさう
『雨の日』
のも 山も / きり雨につゝまれ / 山のねの / なの花畠 / 雨にぬれ / かへるは / ころころ / ないてゐる
『ぬれた小雀』
やなぎの青ばが / ぬれてゐる / きれいな はかげに / 小雀が / たのしさうに / あそんでる
どの詩も ウキウキ心が弾むようです。こんな作文も書いています。
『雨のやんだ ばんかた』
きのふ、あめのやんだ、ばんかたに、うらの、うめたてのところへ、せりをつみにでました。 すると、かへるがころころころとなきました。 雨で、はまがきれいに、あらはれ(洗はれ)てゐました。山には夕日がしずみかけ、雨で、なにもかも、きれいにみ江ました。
こんな趣きの詩もあります。
『かわいいこひ(鯉)』
雨のふる日に / とつてきたこひを / たべるのが / かわいさうで / かわいさうで / たまらない
『雨の日』
雨のふる日に とんできた / かわいいかわいい子雀は / おにはで 江さを さがしてる / ぬれた雀に 江さやれば / 雀は ぱつと / かげもなくとぶ
『おゆあがり(湯上り)』
雨の夕べの / おゆあがり / やすみばの いすに / こしをかけ / もみぢのわかば / ながめる
雨のひんやりした湿度とゆあがりの肌のぬくもりが生々しく浮かび上がってきます。
短く平易なことばで、過不足なく周りの情景を描きだすチドリの文は、「観察と同時に描いていく対看写生」であるとともに「生意(生きた感じ、生気)を丸ごと把握し描写する生意写生」のお手本です。