千鳥の世界にはいつも風が吹いています。彼女を包む多くは風が運んでくれるものです。音も匂いも気配も‥。
千鳥の描く雲はいつも動いていました。『シロイクモ(雲)』
シタカラミテモ / アンナニ ハシル / ウエカラミタラ / ドンナニハヤイダラウ / ‥‥‥ / ‥‥‥
『クモ(雲)』
キレイナクモヲ / カカウト / エンピツダシテ / デテミタガ / クモハ カタチヲ / カヘテヰタ 註記:この詩は、母古代子が編纂した『千鳥遺稿』には「くも(蜘蛛)」と表題されているが、蜘蛛ではなく雲が正しいように思われ、ここでは「くも(雲)」として挙げる。
千鳥は毎日 風が運ぶ波の音を聞いて育ちました。『ナミ』
ビヨウキノアサ / ハヤク メガサメテミレバ / ナミノオトガ / シヅカニシヅカニ / キコエテクル
『なみのおと』
うらの畠に / 出て見ると / つめたい風が / ふいてゐて / はまの方から / なみのおと
春 柳の枝を揺らす風。『ヤナギノ木』
ヤナギノエダガ / ユレテヰル / キレイナエダノ / ヤナギノ木 / カゼガフイテモ / モツレナイ / ユラレテユラレテ / サガツテル
五音と七音の繰り返しが軽やかなリズムを作り出します。
夏 『フウリン』
フウリン フウリン / ナツテヰル / カゼニユラレテ / チリン チリン / ヲトガナンダカ / サビシイナ
爽やかさ・涼やかさより物寂しさを覚える千鳥のフウリン。
秋 『スズムシ』
スズシイスズシイスズムシガ / クサノナカカラ ナイテヰル / スズシイスズシイスズムシガ / スズシイコエデ ナイテヰル / スズシイヨルノ カゼガフキ / イロイロムシガ ナイテヰル
ここでも繰り返しと転調の技法が巧みです。
秋 を もうひとつ『ヨル』
ヒサシブリニ アメガフリ / スズシイスズシイアキカゼガ / ミナミトキタカラ フイテクル / スズシイスズシイアキカゼガ / カヤ(蚊帳)ヲウゴカス / ヨイキモチ
冬『ゆき』
もう こちらは / 雪がやみ / あちらの方は / まだやまぬ / むかうの ふぶきの / ふりやうは / 白い鳥が おりるやう
この「ふぶき」は、無音です。激しいのでしょうが静かで絵画的です。「白い鳥が おりる」姿が目に浮かんできます。
その後に書かれた『しぜんのおんがく』。白眉はこれでしょう。
風のつよい夕方に / 母ちやんと山へ / お花とりにいつた / 山のおんがくは / おそろしかつた
この風は、はげしくおどろおどろしいものです。その強さを「山のおんがく」というコトバにした千鳥の感性。この剛速球(=ストレートなストライク)には脱帽です。