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千鳥の世界

何度も立ち止り‥‥

残念ながら、百年経った今も、千鳥を知る人は多くありません。むしろ事情は逆でしょう。だれも百年前に生きた小さな少女の小さな詩など今更 気に留めようとはしません。古いものは速やかに忘れられ、新しいものばかりが求められる時代になりました。古いものに目を向けるより、新作・初登場にスポットライトを当てることに皆 熱心です。

詩や文学がメーンストリートにあって注目を集めた時代も去りました。娯楽や慰安、エンターテイメントは無数に拡がっています。文学は過去の遺物すでに終わってる、そういう声も聞かれます。もはや傍流一部の読書好きだけのものになってしまったようです。文芸雑誌は売れなくなり、文学賞の扱いも減りました。文壇ということばももはや死語でしょう。まして、一地方の無名の少女の詩など見向きもされないのは仕方のないことです。同程度の或いはもっと注目されても良い文学者・詩人たちは星の数ほどいることでしょう。けど、母古代子が、いつの日か誰かの眼に触れ何かを伝えるかも知れないと編纂し残した『千鳥遺稿』に出会ってしまった者の一人としては、遺すこと(残すこと)・つなぐことを辞めるわけにはいきません。

私は何度でも千鳥の「前で」立ち止り、目を凝らします。そのたびに新しい風景が立ち上がってくるのを感じます。「先に」千鳥を識った者の一人として、千鳥のコトバ・千鳥の文学について考え続けます。千鳥詩の多面体の輝度は何処から来るのだろうか‥と。

千鳥は逃げません。いつも私たちを待っています。ただ、気づかないだけです。

kobeyama田中千鳥第一使徒

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田中千鳥第一使徒

火種を灯す 火種を守る:火としての千鳥詩

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