かつて撮影所時代に活躍した映画監督に成瀬巳喜男という人が居ました。千鳥より一回り上の巳年=1905年 東京・四谷の生まれ、1930年から1967年までに90本ほどの映画を作りました。小津安二郎ほどには世界に知られてはいないのですが、映画好きには沢山のファンがいる昭和の監督さんです。成瀬監督は書かれたシナリオのセリフを、撮影の現場で徹底的に刈り込むことで有名でした。余計なぜい肉を削ぎ落し、骨格だけに絞るわけです。
シナリオを〝洗う〟監督はそう呼んでいたと、スタッフや役者さんは述懐しています。シナリオライターからは嫌がられ煙たがられていたようですが、言わなくても分かる説明セリフを極力省いていくことで、観客の想像力を信じ、期待していたからこそだったのでしょう。
〝洗う〟いいことばです。
千鳥の詩文はどれも短いものです。幼いがゆえに言葉が少なかったからだろう、そう言われればその通りでしょうが、言葉のまわりには大きな余白・余韻が拡がっています。そのことに気づくと、巧まずしてことばを〝洗う〟術を生まれながらに身に着けていたのではないか、そう思えてきます。天分とか才能というものの不思議を感じます。まっさらで清潔、生まれたばかりの洗いざらしのことば群、それがチドリの詩文の魅力の一つになっていることに間違いありません。