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千鳥の世界

一筆啓上④(読み手<書き手<打ち手)

千鳥さんの時代から一世紀が経ち、メディア(通信媒体)は広がり多様多彩に膨らみました。新聞雑誌ラジオテレビといったマスコミ・マスメディア(大量一斉情報伝達手段)が普及進化しただけでなく、コンピュータ(電子計算機)の普及によって登場した「インターネット(地球規模の情報通信網)」が世界を一変させました。これによって世界は一つにつながり、個人と個人、個人と組織、組織と組織が双方向に情報を発信・やり取りすることが可能になりました。(ちなみに中国語では、インターネット=国际互联网=国際互結網 と云うようです。)双方向のやりとりが可能になったことで、それまで一方的に受け取るだけだった情報の受け手が、自ら情報の発信者=送り手になることが出来るようになりました。大きな資本・組織を持たなくても、様々な個人が比較的簡便容易に(自在勝手に)情報発信する時代の到来です。言ったもん勝ち、送り手優位時代の始まりです。

最近、詩を書く友人はこう嘆いています。「いまや、現代詩の世界では、読者より詩人の方が多くなってしまった。書く人は増えて、読む人は減った。これは由々しき問題だ。表現の世界が拡がり自由度を増して豊かになるのなら大歓迎だが、事態は正反対。仲間内だけのムラ社会に自足満足し、閉ざされた狭い世界の中で窒息閉塞疲弊している。袋小路に入って先細り・窮屈鬱屈、貧血酸欠、痩せてみみっちくせせこましくなるばかり」彼の言い分、分からぬでもありません。それは、詩の世界だけでなく、あらゆる表現の世界で進んでいます。

表現者の裾野が広がって、山の頂が高くなるのなら良いのですが、玉石混交を通り越して液状化が進んでいる面 無きにしも非ず です。情報化時代の進展によって世の中が簡単便利になったお陰で、読む力を十分磨く前に、書き始めることが増えました。今  書き始める と書きましたが、「インターネット(電子情報通信網)」の世界では、文字は書くのではなく、キイボード(文字打刻鍵盤)を打つのが普通です。だから正しくは〈書き始める〉ではなく〈打ち始める〉とするべきなのです。事前に大量出来合いのテンプレ(Template ひな形・お手本)が用意され、コピペ(Copy and Paste 複写・転写)も自由自在です。頭で考えたり、手を使って文字を書く必要はありません。ただ、選べばよいのです。結果、やってきたのは、膨大な情報の垂れ流しと定型・紋切り型・月並み・凡庸な表現の大洪水でした。

読まなくてもいい、書かなくてもいい、一億総表現者時代はどこかおかしな時代です。書き手の横行で読み手が不在になったあげく、表現が力を失っていくのを見るのは情けない限りです。読む力があってこそ、書く力が育つことはいつに時代になっても変わらない。そう思いませんか?

豊かになって貧しくなった届きやすくなって届きにくくなったとしたら、それはそれは、とても哀しいことですよね、千鳥さん。

kobeyama田中千鳥第一使徒

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田中千鳥第一使徒

一筆啓上③(言葉はイマココを超える)

一筆啓上⑤(ラスト・ワン・マイル)

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